<特別篇>

今年6月に草野正一先生が病気のため亡くなられました。下記は 遠山博文先生から寄せられた文章です。
同じ学校に長く勤務され、親しくお付き合いもあったということで す。『根』という小冊子に掲載された遠山先生の文章をそのまま掲 載させていただきます。
長い文になりますが是非読んでください。
草野先生のご冥福をお祈りいたします。

草野正一先生(長崎工業=社会)

地理の大家が大著を残して3月退職
            『長崎県の小字地名総覧』

草野正一先生が2006年夏逝去されたのは大きな衝撃でした。
西高時代以来長いこと私の直近の兄のような存在で、教師生活最 後の10年近くは長崎工業高校で同僚だった。彼の勉強振りは組織 的で、徹底して、悉皆的であった。私が知る限り最も研究的先生だっ た。以下に紹介するのは彼の退職時に私が書いた小文である。 『根』第30号(2000年3月発行)              遠山博文
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 質・量ともずっしり思い大著が出版された。この4キロもある大型 の本は県内各地で消えかかっている(あるいは、もう消えてしまっ た)「小字(こあざ)」を丹念に拾い集め、それを2万分の1の地形図 に記入するという労作である。約20年もの苦しい調査の結実であ り、退職を前にした氏の集大成といえる。この著書は「地図」と「小 字」を網羅しただけの「無愛想」な本なので、「なんだ、それだけの ものか」などと軽く見る向きがあるのが残念。地理の専門家でさえ 地名研究の意義が解からず、「漢字」からその意味を推測すること でこと足れりとして、「音」を中心とした科学的方法に至らないでい る。これは基本・根本のデータであり、これから様々な研究が可能 となる。この労作を作りながら実際には本人自身が、「長崎水害の 小径、土地利用の研究」(1983)、「島原半島の小字地名の研究 −新切と地すべり−」(1996)など具体的に「字」の実社会上の 意義を提起している。小字はその土地の地理的、歴史的、文化的 特色を凝縮した指標であり、一種の文化遺産−というのが自論。 例えば「崩壊地形」にはそれと解かる地名(「〜くえ」「〜あずき」 「〜ぬけ」「〜つえ」)等を古人は警告して残しているのに、現代風 の地名変更でどんどん消滅させられている。地名は「警告」である 場合もありうる。
A
 この大著は出版されるや専門家から高い評価を受けている。「驚 嘆いたしました。市町村単位では小字図は見たことがありますが、 全県小字図は本邦初ではないかと思います。」(奈良国立文化研 究所 木全敬蔵)、「このお仕事は後世への文化財を残されたとい うべき偉業であると思います。この本を元に先生が計画されている ような崩壊地形との関連をはじめ多くの研究がなされることと思い ます。」(広島大文学部地理学教授 中田 高)などその道一流の 研究者からの絶賛である。本邦最高の地理学会である日本地理 学会では、学会誌『地理学評論』の3月号に本の紹介と書評を記 載するとのこと。また、その意義をメディアもいち早く捉え、長崎新 聞、NBC、NHKなど丹念に報道している。
 この書の成功の裏には氏の長い勤勉な粘り強い学問的な努力 がある。長崎工業の社会科準備室にいくと、一冊数万円という本 がぎっしりと並んでいる。洋書も沢山ある。アメリカやドイツの大地 図帳は言うまでもなく、地名関係の本は特に充実している。クライ ンの『英語語源辞典』や最新版の『研究社英語語源辞典』など英 語教師顔負けの大著がある。机にはコンピューターがあり、刻々 入ってくる情報を打ち込んでいる。氏の研究法は「情」的、直感的 ものではなく、科学的、数量的、統計的である。
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他人の労作、大著を洋の東西を問わずよく読破し、消化・吸収し、 現地調査をし、整理する中から論を建てるという方法である。独断 を廃し、実証を重んずる。 
 五島生まれ、広島大教育学部で地理学専攻、第四紀学の海岸 段丘や扇状地などを研究対象とし、大村扇状地を4年間調査、そ の整理の段階で、長崎大学から論文が出て、大きなショック、自分 に着実にできるテーマを求め、長崎大水害の時に、崖崩れの分布 を調査しながら、古老から聞き取りをし、三代前にも同様な災害が あったことなど耳にし、「災害三代論」に思い至った。そして、小字 地名にその爪痕があるのに気付いた。ここから本格的な「地名研 究」が始まる。
 大学卒業後、岡山の勝山高(1年)を振り出しに、長崎西(13 年)、長崎南(6年)、高島(4年)、西彼杵(4年)、そして長崎工業 に10年、今年3月に退職。どの学校でも生徒にきちんと勉強する ことを要求、実に厳しい教師である。学問にも教育にも自らしっかり と立ち向かっている気迫のためであろう。
 
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 『地理Aの演習』(98年/自費出版)はさながら、「教科書」であ る。学習意欲のない生徒に最低限の指標を与え、わずかな指示で 「自学」出来るように編まれている。これもまた秀作で、某大手出 版社が多大の関心を寄せている。
 世界各地の地名の表記音についても調査し、誤記を次々に例示 し、出版社に指摘。丁重な訂正約束の書簡がやってくる。現地音 を尊重することが方針といいながら、不統一、不徹底で案外ルー ズなところが多い。
 事務処理能力は抜群、仕事をあっという間に終えてしまう。実に よく整理し、きれいにまとめ上げる。教務主任等をあちこちで勤め、 仕事の速いのがあだとなって、まわりの人たちにひんしゅくを買っ たと言われている。
 大義名分を求める「筋」論者。学校の不透明さ、骨のなさを糾す 現実派。「激語」のために敵を作ったが、最近ではアイロニ−を含 む諧謔が加わってきた。

26回生よりの手紙
2007年9月4日に西高26回卒の鈴田紀厚氏より管理人宛てに、メールを頂きました。
草野先生の訃報をこのホームページで初めて知って、その草野先生について書かれたものです。
リンク先を是非読んでください。






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