1月12日(土)しとしとと降る雨。寒い。小雨なので、傘もささず、茶色のジャンパーを着込んで自宅を出発。茶々には11時に着く。
熊丸は茶々の旦那には今日集まることを何も言っていない。急遽、テーブルを確保。その後、皆さん、早めに集まってきた。11時半集合だったが、その時間に6名が集まった。熊丸も10分ほどしてくる。彼は風邪気味で微熱があるようだった。熊丸、近藤、村山、桑野、長野、金子の順?長野と金子は道を迷う。金子は初めてのこととて、かなり間違い、来たのは12時過ぎていた。
13時ごろ、出発。すでに、茶々で、飲み、食いして、出来上がっていたが、車の中でも多いに飲み食い。ところが、幹事の村山は昼食の時から1滴も飲まない。いつもは真っ先に飲んで騒ぐヤツが飲まない。「幹事だから飲まない」との彼の理由。殊勝だ。熊丸の車は1番前の席が運転手の熊丸とナビの村山、二列目が近藤、長野、金子。最後が酔っ払いの桑野と杉山。長野は真ん中の真ん中で相当に窮屈そうだった。
1時間半ほどして、一宮で松永と合流。近藤と長野は松永の車へ。飲みつかれて、眠くなる。トイレにも頻繁に行き、千倉の[道の駅]でトイレするはずが、金子が「どうしても待ちきれん。」と言って、海岸でした。が、そこは、[道の駅]のホントに隣。慰霊塔だった。バチあたりな2人である。雨と寒さはおそらく、この2人の責任。雨も降っているので、途中はほとんど、見ることもなく、ひたすらホテルへ。
ホテルには5時ごろ着く。ホテルは南海荘。南房総白浜海岸に沿った海岸がきれいに見える素敵なホテルだった。部屋はゴルフ組3人(松永、金子、杉山)とそうでない組に別れる。すぐに風呂に入る。戻ってくると、村山が1人、部屋に座っている。「どうしたんだ?」と、聞くと、「荷物を見張っている。」と、言う。「荷物の管理は個人の責任。部屋の鍵は各部屋に任せて自由行動でいいんだよ。」と、説明したが、「誰かが戻ってくるまで部屋を出ない」幹事には敬服。今まで、数多く、幹事をしたし、見たが、ここまで徹底した幹事は初めてだ。 |
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18:30ごろ、食事。ズワイガニが1匹ながら出たり、牛のシャブシャブがでたり、食事は豪勢。私はシャブシャブを牛刺しと勘違い。醤油につけて食べていた。山の幸、海の幸が豊富で、満腹にすることができた。車の中で、飲んでできあがっているので、酒は少しで部屋にもどる。
「ゴルフに行かない人の部屋」を2次会部屋にして、持ち込んだ、酒、つまみを部屋でひっくりかえす。桑野が持ってきた景品が豪華。カシミヤの女性用カーディガン(18,000円)とセーター(15,000円)。これを杉山の音頭で、「県当てビンゴ」の景品とした。このゲームは各自が書いた県名を1人ずつあげ、タテヨコナナメが1列当たった段階でビンゴとするもの。チンケなゲームながら、多いにもりあがる。
その後は松永の独演会。彼の海外の経験、襲った不幸、妻の献身的な努力。全員が彼の弁舌にほれ込み、特に熊丸は折角当たった景品を「松永の奥様へ」と、プレゼントした。23時ごろ、散会。就寝。
1月13日(日)4時ごろから、それぞれがゴソゴソと、起き出す。松永「風呂に行ったら、桑野と会った。」「ナンダ!おまえ」と、互いに早起きを讃えあったそうだ。近藤は公園を散歩するし、それぞれが2日の朝を満喫。目の前に灯台。はるか海のかなたに大島。日の出が素敵だろうということは容易に想像できる。が、日の出も日の入りもホテルの窓から見られるそうだ。重く立ち込めた雲が恨めしかった。杉山はぎりぎりまでしっかり寝ていた。
ゴルフに出るので、6時50分ごろ、食堂へ。7時開始の食堂だったが、訳を話して早めに食事をさせてもらう。非ゴルフ組も7時には集まってきて、食事した。ゴルフ場には1時間も早く到着。コーヒーを飲んでゆっくりできた。ゴルフの方は雨は降らないものの、寒くて、風があって、ずっと、太陽もささずで、当然成績も悪かった。
松永の車で東京駅で散会。
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